3月8日の「新国立競技場3.2弾圧 事実経過(3月7日現在)」でも触れた通り、今回のAさんの不当逮捕では、逮捕当日の3月2日に、NHKと民放各社の取材クルーが原宿署前で待ち構えて撮影を行い、Aさんの名前と容姿を垂れ流しました。
テレビのニュースで報道されたのは、主に3月2日の昼です。これは、Aさんが同日午前8時過ぎに路上で不当に逮捕され、その後、原宿署に移送された時間から計算すると、3時間たらずでオンエアされたことになります。
テレビ報道のニュース映像は、映像の編集作業だけでなく報道内容の確認作業やアナウンサーが読む放送原稿の準備、画面のテロップなども併せて製作されます。分業制をとっているとはいえ、作業にはそれなりの時間がかかます。
したがって、取材内容を短時間でオンエアする場合は、事前に報道内容の方向性が決められているケース多く、今回のケースでは、後述するような警察の筋書きに沿った報道がなされたといって間違いありません。
各局がAさんに関する報道を短時間に集中して流したのは、「オリンピックに反対する極悪人」という決めつけをして、世間にマイナスイメージを植えつける印象操作が目的であり、極めて悪質な行為といえます。
一方、新聞報道はどうでしょうか。
読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、東京新聞が3月2日当日の夕刊で、朝日新聞と産経新聞(産経は夕刊が無い)は、翌日の朝刊で報じています。いずれもAさんの名前を出しています。
新聞紙面だけでなく、新聞社や通信社のWebサイトでも一斉に報道されました。
朝日、読売、毎日、日経、産経、東京(中日)および、共同通信、時事通信のWebサイトでは、テレビニュース同様、昼の12時前後に報じています。さらに、共同通信から記事配信を受けているブロック紙や地方紙のWebサイト、時事通信から記事配信を受けているネットメディアもほぼ同時刻に記事を掲載しています。
このほかにもラジオでは、少なくともNHK第1の昼のニュースで報道されたことを、私たちは確認しています。
今回の報道で、マスメディアはAさんの名前や容姿を出す必然性があったのでしょうか?
報道の時点で、Aさんは単なる被疑者にすぎず、結局、起訴もされませんでした。刑事被告人ですらない一個人の名前や容姿を、こぞって報じるのは、メディアリンチ以外の何物でもありません。
比較のために例を挙げると、昨年5月28日の経産省前での不当逮捕では、産経新聞が3人のうちのひとりをツイッターのハンドルネームで報道した以外は、名前を出したメディアはありませんでした。同様に昨年9月16日の戦争法案反対デモの国会正門前での不当逮捕でも、「男12人、女1人の計13人」のように名前を伏せて報道されています。
Aさんの名前や容姿を垂れ流したマスメディア各社および、記事を掲載したネットメディアにあらためて抗議します。
●各社の報道内容は警察発表の引き写し
今回のマスメディア報道が異常と感じるのは、テレビ、ラジオ、新聞、ネットメディアが一斉にAさんの逮捕を報じた点です。記者クラブに属さない週刊誌各誌は、タカ派といわれる「週刊文春」や「週刊新潮」でさえ、まったく取り上げていないこととは対照的といってよいでしょう。
問題点は、それだけではありません。若干の差異があるものの、警察発表の情報に基づいて、一方的に悪意のある内容で書かれたためか、各社とも報道内容が酷似しています。
各社の報道を総合すると、以下のような内容に集約できます。
・日本スポーツ振興センター(JSC)の職員が暴行を受けた
・場所は新国立競技場建設予定地
・傷害と公務執行妨害の疑いにより逮捕(毎日は「疑い」と書いていない)
・バリケードをたたきつけ、(全治1週間の)けがをさせた疑い
・被疑者は黙秘している
・ニュースソースが警視庁公安部であること
しかし、これらの報道内容には重要な考察が抜け落ちています。
まず、被疑事実とされている「傷害と公務執行妨害」については、日本スポーツ振興センター(JSC)の職員が全治1週間のけがをするほどの事件であれば、なぜ、現行犯で逮捕されなかったのでしょうか? 公務執行妨害罪は現行犯逮捕が原則で、事後に令状逮捕する場合でも、犯人に逃げられて現行犯で逮捕できなかった等のケースしか考えられません。報道では、犯行時刻とされている時間は7時50分ごろとなっていますが、Aさんは、その後も現場から逃亡などせずに、JSCの不当な排除のやり方に対して抗議を続けていました。
さらに、公務を行っているとされているJSCは1月27日当日に、抗議に来ていた大勢の人がいる場所にクレーンを使ってバリケード降ろすなどの不法行為を行い、極めて危険かつ強行的な手段で抗議参加者に対して圧力をかけてきました。はたして、これを「公務」と呼んでいいのでしょうか。
そのほかにも「建設予定地周辺で暮らす野宿者の支援をしている団体の中心メンバーとみられる」(毎日新聞)、「五輪の開催に反対し、新国立競技場の建設予定地内で暮らす野宿生活者を支援する有志として、JSCに対する抗議活動をしていた」(朝日新聞)といった記述や、「路上生活者は立ち退いておらず、一部工事が中断しているため、都やJSCは対応を見当」(東京新聞)など、Aさんの抗議行動によって、あたかもJSCが職務を妨げられたかのような内容が散見します。
しかし、実際はそんな単純な話ではありません。JSCは、新国立競技場建設に際して「(野宿の方が)住んでいる間は、工事をしない」「話し合いで解決する」と様々な場で明言していました。そうした映像や音声の記録も残っています。
それにも関わらず約束を一方的に反故にされたため、Aさんは話し合いの場を設定してほしいと主張していました。だから、工事が中断したのであれば、話し合いの場を設けないJSC側に原因があります。朝日新聞に書かれている「五輪の開催に反対」という文言は結果にすぎず、JSCが話し合いの場を設けていれば回避できたことです。
また、東京新聞の記事では「路上生活者は立ち退いておらず、一部工事が中断」と書かれています。これは、大成建設が受注している「下水道千駄ヶ谷幹線敷設工事」のことだと思われます。しかし、同工事は昨年7月の新国立競技場白紙撤回後の契約変更や、直近の3月10日には入札手続きを中止するなど、工事の遅れは、あくまでもJSCの都合によるものです。「路上生活者」が立ち退いていないからではありません。
●マスメディアは事実を確認したのですか?
そして、活字メディアの中でも特に酷い報道内容だったのが共同通信です。
共同配信の記事構成をみると、まず、事件の概要(被疑事実や実名報道等)があり、次に、警視庁公安部によるAさんについての人物像の記述が続きます。
さらに後半部分では、警視庁公安部からの伝聞という形で「東京五輪に反対するため、路上生活者に都やJSCの立ち退き要請を拒ませ、工事を妨害」との記述がなされています。しかし、Aさんが「路上生活者」に「立ち退き要請を拒」むように教唆したような事実はありません。
共同通信は、きちんと裏付け取材をした上で報道したのでしょうか?
同社からは、当事者である野宿の仲間や周辺関係者に対して、事前、事後ともに上記の内容についての取材はありませんでした。報道する者の職責として、入手した情報に対して、まず当事者に、当事者に裏取りできない場合は複数の関係者に当たる、というのが取材の鉄則のはずです。しかし、共同通信には残念ながら、そうした姿勢はみられませんでした。単に、警察当局の主張を流しただけです。
共同通信は「編集綱領・記者活動の指針」を、自社のWebサイトに掲載しています(http://www.kyodonews.jp/company/guide.html)。
この指針の「基本姿勢」では、「客観的事実に基づく公正な報道に徹し、多様な意見や価値観を尊重する」「社会的弱者の視点を大切にする」「粘り強い継続取材や調査報道、綿密な分析によって事象の本質に迫る」などと書かれています。
「人権とプライバシー」という箇所では「厳密な事実確認を行い、名誉を棄損したりプライバシーを侵害したりしないよう細心の注意を払う」との文言が踊っています。
上記の指針を遵守しているのであれば、公安警察の筋書きをそのままの形で、拙速に報道することなどできないはずです。
共同通信はかつて、公安警察が主導し、大分県菅生村(現・竹田市)の交番を爆破した謀略事件(菅生事件)の実行犯(大分県警の警察官/当時)が、都内に潜伏している所を見つけ出しスクープしました。このとき、警察庁幹部と同社デスクの取引で、一部内容を伏せて報道されたため、納得できなかった取材班の原寿雄氏が、社会部長に公開質問状を出したり、職場集会に編集局長を招いて見解を聞くなどの行動に出て、正確な記事を再配信させています。
今回の垂れ流し記事では、こうした記者としての気概や職業意識といった点が、すっぽり抜け落ちていると言わざるをえません。共同通信には、特に猛省を求めます。
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警察発表の記事を、そのまま流すだけでは、「報道機関」ではなく「権力の広報機関」でしかありません。垂れ流しに関わったマスメディア各社には、今回の公権力の濫用といえる不当逮捕について、きちんと検証するよう要望します。